山陽道を西へ、6月から橋の通行料が3000円なるとか言っているので今月中に渡ろうかと思いつつ、しまなみ経由で松山の友達の所へ
GWですが西行きは渋滞も無くスムーズで2時間で到着


本州四国連絡道路順調に通過
橋の側道を走る自転車が目立ちました、天気もよくって気持ちよさそうでした。
今治からナビの誘導に従い一般道をくねくねと走り松山に到着
お友達の「きのやんあかやんさん」のお宅へ
(小松ICから高速に乗れば良かったそうです)
お友達の「きのやんあかやんさん」のお宅へ
(小松ICから高速に乗れば良かったそうです)
夕食をご馳走になりました。
行きつけのお店のおすすめ料理、釜焼鳥、私はやわらかめの「ひな」彼は「おや」をそれと美味しいお米のおにぎりととり皮のスープ、どれも絶品が飲めないのが残念

行きつけのお店のおすすめ料理、釜焼鳥、私はやわらかめの「ひな」彼は「おや」をそれと美味しいお米のおにぎりととり皮のスープ、どれも絶品が飲めないのが残念

四国まで来ましたので以前から行ってみたかった佐田岬&南レク(宇和島)に向かう事に。
ナビを頼りに佐田岬へ向かいます伊予を通過する頃にはすっかり日は落ち、夕焼け小焼けラインを楽しむのは次回におあずけ
楽しくて綺麗なはずの海岸線も真っ暗で
楽しくて綺麗なはずの海岸線も真っ暗で
佐田岬メロディーラインも当然真っ暗、途中の看板で見た四国最西端の宿に着いたのが午後10時前、「部屋開いてますか?」「満室です」
少し手前の三崎港の民宿へ「部屋開いてますか?」「満室です」
そのまた手前の港は看板は有るけど真っ暗、そりゃそうでしょうもう11時ですもんね、「まじ野宿かも」?
そのまた手前の港は看板は有るけど真っ暗、そりゃそうでしょうもう11時ですもんね、「まじ野宿かも」?
フェリー乗り場の待合所か役場の前それとも温泉施設のベンチなんて思いながら
もうひとつ手前の港町へ、そこで明かりがついてるビジネスホテルを発見
「部屋開いてますか?」「満室です」「他にはないですか?」「八幡浜に数件あるからそこならあるよ」
「部屋開いてますか?」「満室です」「他にはないですか?」「八幡浜に数件あるからそこならあるよ」
フェリーの乗り場がある大きな港町、早速発見
、「部屋開いてますか?」「開いてますよ」念のため「料金は?」「シングル3675円です」助かりました。
、「部屋開いてますか?」「開いてますよ」念のため「料金は?」「シングル3675円です」助かりました。
バイク置き場も建物横の倉庫で安心時間は午後11時45分ホント助かりました。
あったかいシャワーとベッド最高です・・・・・
翌朝は6時に目が覚め元気も一杯、早速港でガソリンも満タンに再び佐田岬へ
昨夜走ったメロディーラインを楽しみながら
白亜の大久展望台 (ちょっと豪華過ぎでは?)

佐田岬灯台到着

佐田岬灯台到着

「がんばりましょう!」???灯台までは1800mここまで来たので行きましょう

まだ先です、上がったり下がったり歳のせいか普段の運動不足のせいか「休ませてぇ~」
何とか到着、四国最西端でコーヒーブレイク
メロディーライン沿いには風力発電用の風車がいっぱい、近くまで行ってさわれますが、だから何? とにかく大きい



出撃後帰還されなかった6名のパイロットの誰の機かは分からないそうですが、このパイロットの方が命に代えて守った機体ですね、米軍から守るために命と引き換えに海中に隠したのかなぁなんて気もしたり(だから引き上げられてここに現存)、海上に高度なテクニックで不時着させた衝撃でプロペラが曲がったそうで、そのままの状態(修復はされてますがプロペラの曲がりや機体の穴や損傷もそのままです)で展示されています。
戦後紫電改は、アメリカで保存されている数機を以外は破壊されたと有りました
こんな貴重な戦闘機が四国の端っこ(失礼)で、またマイナーな感じ(失礼
)でひっそり展示されてるところにより感動しました。(見学者も数人でした)
)でひっそり展示されてるところにより感動しました。(見学者も数人でした)
以前から来たかったのでがんばって足を伸ばした良かったです。
さあ、ここまで来たら、次は四国最南端の足摺岬です

ジョン万銅像もありました

ジョン万銅像もありました

帰りに四万十川をわたり
高知自動車道を使い家を目指しました。
初めての一泊ツーリング
二日間の総走行距離1,218km 燃費17.85km/l
二日間の総走行距離1,218km 燃費17.85km/l













